美徳

 

 

 

少女が現れたのはもうすぐお昼時の商店街だった。

あまり流行らない店の多い中、赤毛の14,15歳くらいの少女が茶色の編み籠をもって歩いていた。

 

「よお、お嬢ちゃん。」

 

いやなかんじの声がかけられた。

少女は翡翠色の瞳を瞬かせて振り向く。

そして。

 

「何か?」

 

とてつもなく可愛い声で尋ねた。

 

 

 

 

「おじょーちゃんカーワイイなぁ〜!」

 

「いや〜おじさんこんな可愛い子に会った事ないよ〜!」

 

「なんだ、買い物するのかい?手伝ってやろうか」

 

「ううん、大丈夫。ありがとう」

 

『いいっていいって〜〜〜〜!』

 

流行らない店が増えた原因―――デュドリー一家の面々は見知らぬ少女にすっかり骨抜きにされていた。

常なら脅すように寄せられているはずの眉はすっかり眉尻が下がり、なんとも情けない様相を呈している。

常なら煙草やドット(興奮効果のある草。麻薬のようなもの)を銜えている口はだらしなく緩み、えへらえへらと気の抜けた笑みをこぼしている。

肩をすぼめ少女が怖がらないように一生懸命身体を縮める姿からは、肩をいからせて通りを歩いていたところなど想像もつかない。

 

「おじさんたちも仕事あるんでしょ?だいじょぶだから」

 

あまりの声の可愛らしさに腰砕けになる男たちは思わず目を逸らしたくなるほど情けないものだったが、デュドリー一家に囲まれた少女に近付く者はいなかったため、その声の効果は通行人には届かなかった。

そのため、傍から見ていると珍妙かつ不気味な光景に見えただろう。

腰を抜かしてめろめろになったいかつい男たち(これだけでもう不気味だった)の中心でほがらかに笑う普通の少女。

何が起こっているのか全くわからない光景。

 

「うーん、てゆーか早く退いてくれないかなあ。買い物に行けないの」

 

小生意気な言葉も、超絶と言って良いほどの可愛らしい声で言われるととてつもなくイイ

男たちは更に悶えたが(気味悪さ三割増し)少女の言うとおり道を開ける。

 

「こないだ野菜市場が閉鎖されちゃったから大変なんだよねー。面倒だなあ」

 

「おー。イオじゃねーか」

 

男たちの囲みを抜けた所に声がかかった。

 

「あたしはウィオンだってば。発音しにくいからって短縮しないでよ」

 

可愛い声で応える少女が降りむいた先には、小振りの料亭。料亭というよりは屋台だが、壁がないだけで、他はそこらへんの料亭と変わらないぞとは店主の言。

ちなみにデュドリー一家の度重なる嫌がらせにも屈せず居座る頑固親仁である。日に焼けてかさついた男らしい肌に残る古い傷あとと、ブルーグレーの隻眼、筋肉隆々の大柄な身体などから昔は傭兵だったのではと噂が立っているが本人はどこ吹く風で、デュドリー(ガキど)一家()とまともにぶつかる日が楽しみだと時たま呟いている事から絶対傭兵だったろと言われている。

 

ともかくも、そんな噂話溢れる「有名人」と仲の良い少女は男達の事などすっかり忘れたような態度で軽やかに料亭に踏み込む。後ろで「おじょーちゃんがっ」「あのオヤジ!」「闇討ちだぁ野郎ども!」だの叫んでいるが無視だ。

 

「ああ?ウィオンってか?馬鹿野郎、名前は呼び易いのが一番だ」

 

顎に生えた無精髭をじょりじょりと手でさすりながらそんなことをのたまう親仁を軽く睨んで呆れたように言った。

 

「おかげであたしの名前「イオ」とか「イオン」で知れてきてるんだけど。困るのよ、名前はきちんとするの。わかった?」

 

「わかんねぇなぁ」

 

わざとらしく空を見上げて嘯く男の脛を蹴りつけて、少女はぷうっとふくれた。

 

「もう!」

 

「いててて・・・脛は無えだろ、脛は。そんなふくれるなって」

 

大して痛そうでもなく男が苦笑すると少女はさらにふくれたが、ふと思い出したように手の編み籠を見て言った。

 

「そういえばまた野菜が入り用なの。売ってくれない?」

 

「おう、裏の畑に来い。」

 

 

 

少女が店を通って畑に出ると、そこには土で汚れ真っ二つに割られたキャベツがあった。

 

「・・・キャベツって土の中で育つものだったっけ?」

 

「間抜けなこと言ってんじゃねえよ、キャベツは土の上で育つもんだ」

 

親仁は腕を組んで泰然としてそう返した。その隻眼にちらりと焔が宿ったのは、一瞬。

 

一言で言うと、惨状だった。あちこち土が掘り返され、植物がなぎ倒され、踏み潰され、徹底的なまでに踏み躙られている。

 

「やられちゃったの。」

 

「やられたな。」

 

「何で?」

 

「嫌がらせだろう」

 

「嫌がらせにしてもひどいと思うけど」

 

「その内火をかけられるかもな」

 

「この店に?」

 

「ああ」

 

「困るわ。そうでなくてもここの商店街お店が少ないのに」

 

「全くだな」

 

「・・・どうするの?」

 

「さあな、どうするか。せっかくいい場所を見つけたのに追い出されちゃかなわん」

 

「・・・だいじょうぶ?」

 

「まあ大丈夫だろ。ただ、しばらくは店に近付くな」

 

「・・・なんで?」

 

「とばっちり食いたかぁ無えだろ?ちっとの間だ、次に来る時には終わってるさ。」

 

「・・・ふうん。犯人分かったらあたしもフライパン持って駆けつけるから。その時は教えてね」

 

「・・・・いや、まあ・・・わかった。殴るところは残しとく」

 

「?」

 

どういう意味かと首を傾げる少女に、親仁はぽりぽりと頬をかいて言った。

 

「身体中余すところなくボコボコに殴る予定だからな」

 

多少大人げないような気もするがな、と前置きして。

 

「ヒトがせっかくつくったもんをぐちゃぐちゃにした報いは絶対に受けさせてやらぁな」

 

 

にやりと笑って、付け足した。

 

 

 

後編へ続く

 

 

 

 


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